前回のブログで,「労災保険給付として受け取った分を民事上の損害賠償請求権から控除する際の方法はやや特殊です」と述べました。
労災保険給付の民事上の損害賠償請求権への充当については,下記の最高裁判所の判例があります。
<最判昭和62年7月10日判決>
「労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付の原因となる事故が被用者の行為により惹起され,右被用者及びその使用者が右行為によって生じた損害につき賠償責任を負う場合において,政府が被害者に対し労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付をしたときは,被害者が被用者及び使用者に対して取得した各損害賠償請求権は,右保険給付と同一の事由については損害の塡補がされたものとして,その給付の価額の限度において減縮するものと解されるところ,右にいう保険給付と損害賠償とが『同一の事由』の関係にあるとは,保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること,すなわち,保険給付の対象となる損害とが同性質であり,保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にあるものと解すべきであって,単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。
そして,民事上の損害賠償の対象となる損害のうち,労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり,したがって,その間で前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは,財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって,財産的損害のうちの積極損害(入院雑費・付添看護費はこれに含まれる)及び精神的損害(慰謝料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないものというべきである。
したがって,右の保険給付が現に認定された消極損害を上回るとしても,当該超過分を財産的損害のうちの積極損害や精神的損害(慰謝料)を塡補するものとして,右給付額をこれらとの関係で控除することは許されないと言うべきである。」
労災保険法の保険給付の対象となる事故が発生し,保険給付がされたとき,会社はその限度で被災者に対する損害賠償責任を免れますが,それは民事損害賠償と保険給付の二重塡補を排除するためであるので,単純に,保険給付の金額の限度で損害賠償責任が減縮するというものではなく,保険給付と『同一の事由』(・・労災保険法十二条の四・・)の関係にあるものと認められる損害賠償責任のみが減縮されるものとされるのです。
具体的な計算方法や過失相殺との関係については,別の投稿で紹介します。